この世界が完全だと思えるようにならないとトラブルはなくならない


逆にいうと当たり前になりますが、この世界が完全だとトラブルはない、ということです。

普通に考えると、とてもこの世界は完全だとは思えません。
そう思うためには今までと視点を変える必要があります。
目の前に起っている出来事は偶然ではなく、自分の心の中のものが現れている、というものです。

いやなことが起ったならば、それを引き起こすようなことを心の中に持っていた、ということです。
そしてそれはいやことと感じるかもしれませんが、決して悪いことが起こっているわけではないのです。
でもそのことはとてもいいこととは思えないでしょう。

熱いお湯に指をつっこんだら熱いと感じ、指をひっこめます。
それはいやなことですが、そう感じないといつまでもお湯の中に指をいれたままになって、大やけどをしてしまいます。
それと同じようなものです。

痛いと感じなければ、いけないことをいつまでも続けてしまします。
ですからいやなことと感じるようなことが起こったならば、それは何か修正すべきことがあるサインです。
起った事自体が悪いのではありません。

それによってうまく修正できたならば、その嫌な出来事のおかげです。
そのこと自体は逆によかったことになります。
ですから本当に悪いということはありません。(起りません)

自我はいやなことと感じるかもしれませんが、宇宙全体から見るとすべてうまくいっています。
悪いと思うことが起こっても落ち込むことはありません。
それはこれから良い方向に向かうためのサインです。

心の中に修正すべきところがあるという現れです。
まずはどうしてこのようなことが起ったのかを考えてみることです。
すぐにはわからないかもしれませんが、そうやって外ばかり向いていた意識を内側に向けるだけでも心のバランスが良くなります。

外側ばかり意識を向けていると、心が安定しなくなります。
外側のものは現れては消え、消えては現れる、もともと絶対的ではないものです。
それにずっと頼っていることはできません。

本当に安定するためには、まず心から安定する必要があります。
心が安定することによって、外側のものも安定してきます。
心が先です。

心は絶対的に安定している魂と繋がっています。
ですから内側にある魂に意識を向けることによって、心も安定してきます。
瞑想がこれですね。

瞑想によらなくても、この世界が正しいものであると思えることで同じようになります。
特別なことをしなくても、日々自分の起ってることをちゃんと考え、起ったことが正しいことであると思うようにしていると、いずれ自然にこの世界は完全であると思えるようになるはずです。

前にいった無意識という武器が使えるので、根気よくやっていればそのうち何も意識しなくても自然にそう思えるようになります。
別のことを考えていても車の運転ができるのと同じですね。
このような状態になるともう神の領域に足を踏み入れたのと同じ!?

ともかく不可能ではないと思います。
遠いですが山の向こうにゴールが見えてます。
私も今登り始めたところです。

Posted: 日 - 4月 18, 2004 at 04:07 PM      


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