何かを考えるときの最も基本的な考え


何かあった時、これに照らして考えていきます。
そうすれば、合っているか間違っているかわかります。
そしてこの宇宙の仕組みまで言及することによって、このように対処するのがいいことを明らかにしています。
何と壮大な考え!

(中略)
わたしは、判断しない。
それは、たんなる考え方だ。
それについても、他のどんな考え方についても、重要なのはたったひとつの問いかけだけだ。

そう考えることは、あなたに役に立つか?
あなたが何者であるか、何者になりたいかという観点からみて、その考え方は役に立つか?
世界を見渡して、そう問いかけるべきなのだ。
この考え方は、自分たちの役に立つだろうか?

わたしはこうみている。
あなたが不利だという立場に生まれついたひとーグループーはある。
それは客観的事実だ。
さらに、きわめて高い形而上のレベルでは、誰も「不利」ではないことも事実だ。
それぞれの魂は自分が達成したいと思うことを達成するのに必要な、自分にふさわしいひとや出来事、環境を創り出すからだ。

あなたはすべてを選んでいる。
両親。
生まれた祖国。
あなたが再入場した環境のすべてを選んでいる。
同じく、あなたは人生の日と時を通じて選択を続け、ほんとうの自分を知るのにぴったりした、過不足ない完璧なチャンスが得られるよう、ひとや出来事や環境を創造し続けている。

言い換えれば、魂が達成したいことがらを考えてみれば、誰も「不利」な立場にはいない。
たとえば、魂は障害のある身体で、あるいは抑圧的な社会や厳しい政治、経済的環境のなかで仕事をしたいと思うかもしれない。
自分が設定した目標を達成するのに必要な環境を創り出すためだ。
だから、物理的な意味では「不利」な立場に置かれているように見えても、形而上学的には的確で完璧な環境なのだ。

現実的にいうと、それはどういう意味になりますか?
「不利」な立場にいるひとに、手を差し伸べるべきなのでしょうか、それとも、そのひとたちは「自分の因果を果たす」ために、好んでそうしているんだからと、ただ眺めているべきなんですか?

それは非常に良いーそして重要なー質問だね。
第一に、あなたが考え、言い、行うことはすべて、あなた自身についての決断の反映であり、あなたが何者であるかを明言すること、自分がどうありたいかを決定し、実行する行為だということを覚えておきなさい。
何度も同じことを言うようだが、あなたがここでするのは、それだけだからね。

さて、そのことを踏まえたうえで、不利な立場にいるひとを見たとき問うべき最初の質問は、こうだ。
わたしは、このこととの関連のなかで何者なのか、何者であることを選ぶのか?
言い換えれば、どんな状況でも最初に問うべき質問は、ここでわたしは何を望むか、であって、決して相手は何を望んでいるか、ではない。

わたしがこれまで聞いた人間関係についての洞察のなかで、とくに不思議なご意見ですね。
それに、これまで教えられてきたすべてと矛盾しますよ。

知っているよ。
だが、あなたの人間関係がめちゃくちゃになるのは、いつも自分がほんとうに何を望んでいるかでいるかではなく、相手が何を望んでいるかを知ろうとするせいだよ。
それから、あなたは相手が望むものを与えるかどうかを決める。
まず、自分が相手に対して何を望むだろうと考え、何も望むものがなければ、相手が望むものを与える最大の理由もなくなるから、たいていは与えない。
もし、相手に対して望むものがあれば、自己保存本能が働いて、相手が望むものを与えようという気になる。
それから、与えたことをうらむー相手が欲しいものをくれない場合には、とくに。

この取引ゲームでは、あなたは非常に微妙なバランスをとる。
あなたがわたしのニーズを満たしてくれれば、わたしもあなたのニーズを満たしてあげましょう、というわけだ。

だが、すべての人間関係の目的はー個人も国家間の関係でも同じことだがーそういうこととは無関係だ。
他のすべてのひとや場所、ものごととの神聖な関係の目的は、相手が何を望むか、何を必要とするかではなくて、あなたが成長し、ほんとうの自分になるためには、何を必要とし、何を望むかを知ることだ。

そのためにわたしは他者との関係を創造した。
関係がなければ、あなたはもともとの空、無、永遠のすべてに生き続けるだろう。
しかし、すべてのなかでは、たんに存在するだけで自分の「認識」を体験することはできない。
なぜなら、すべてのなかでは、あなたでないものは何もないからだ。
だからわたしは、あなたがたが体験のなかで自分を新しく創造し、知る方法を編み出した。
そのために、あなたがたにつぎのことを与えた。

1相対性ー他者との関係のなかであなたが存在しうるシステムだ。
2忘却ーこのプロセスで、あなたは完全な健忘症になる。
そして、相対性はたんなるトリックにすぎず、あなたはすべてであるということがわからなくなる。
3意識ーこれは、あなたが完全な認識に到達するまでの状態だ。
完全な認識に達したとき、あなたは真実の生きた神になり、自分自身の現実を創造して経験し、その現実を拡大して探求し、自分の意識を新しい限界にまでーあるいは際限なくひろげつつ、現実を変化させ、再創造していく。
 このパラダイムでは、意識こそすべてだ。
意識ーあなたのほんとうの認識ーは、すべての真実の基本であり、したがって霊性のすべての基本である。

でも、そんなことをして何の意味があるんですか?
第一に、あなたはわたしたちが何者であるかを忘れさせ、それから、何者であるかを思い出させるのですか?

意味はあるよ。
今の自分、そしてこうありたいと思う自分を創造できるようにするためだ。
それが神として存在する行為だ。
わたしがーあなたを通じてーわたしとして存在する!
それが、人生すべての要だ。

あなたを通じて、わたしは自分が何者であるか、何であるかを体験する。
あなたがなくても、わたしは知ることができるが、しかし体験はできない。
知っていることと体験することは、まったくちがう。
わたしはつねに体験を選ぶ。
あなたを通じて、選んでいるのだ。

Posted: 日 - 11月 7, 2004 at 12:41 PM      


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