本当に最後です


ついに読み終わりました。
もちろんこれで完璧というわけではありませんが、とりあえずこれだけ知識が得られれば、この世界を生きていくには充分だと思われます。
あとは実行するだけです。
このことを瞬間、瞬間意識しながらやっていきます。
すべてはここから考えていきます。

よかった。
この対話を通じて、三つの基本的な智恵があった。
それは、

①わたしたちはすべて一体である。
②充分である。
③しなければならないことは、ない。

「わたしたちはすべて一体である」と決めたらお互いに対する姿勢が変わるだろう。
「充分である」と決めたら、すべてをみんなと分け合うだろう。
「しなければならないことは、何もない」と決めたら、「行為」によって問題を解決するのではなく、「問題」が消えてしまうような存在になるだろう。
そうすれば、問題を起こす条件は消える。

あなたの進化の過程では、これがいちばん大切な真実かもしれない。
これを対話の締めくくりにしよう。
いつもこのことを忘れず、マントラのように唱えているといい。

しなければならないことは、何もない。
しなければならないことは、何もない。
しなければならないことは、何もない。
ただ、ありのままのわたしであればいい。

だからといって、あなたの人生から「行為」がなくなるわけではないよ。
そうではなく、あなたが経験する行為はあなたの存在から生じるのであって、行為があなたを存在に導くのではないということだ。
あなたが最初に「幸福」であれば、幸福だから何かをすることになる。
幸福になりたいから何かをするという古いパラダイムとは逆だ。

あなたが最初に「智恵」であれば、賢いから何かをする。
智恵を獲得しようとして何かをするのではない。
あなたが最初に「愛」であれば、愛だから何かをするのであって、愛を得たいから何かをするのではない。
あなたが「存在」しようと求めるのではなく、最初に「存在」であれば、すべては変化する。
すべては逆転する。
「行為」によって、「存在」に行き着くことはできない。
幸福に、賢明に、愛になりたくてもーあるいは神になりたくてもー行為によって「そこの行き着く」ことはできない。
だが、「そこに行き着けば」すばらしい行為をする、それは真実だ。
ここに神聖なる二分法がある。
「そこに行き着く」道は「そこにいる」ことだ。
行きたい場所にいなさい。
簡単なことだ。
しなければならないことは、何もない。

幸福になりたいか?
では、幸福でいなさい。
賢明になりたいか?
では賢明でいなさい。
愛が欲しいか?
では愛になりなさい。
いずれにしての、それがあなただ。
愛しい者たちよ。

Posted: 金 - 11月 19, 2004 at 11:11 PM      


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