知識を実生活で生かすことが大事


神の啓示とまではいかなくても、そのような知識が得られたときに、それを忘れないようにするためには。
日頃から使っておくこと。
車の運転と同じですね。(^^;
何も特別なことではなくて、普通のことですね。
これはほんとに大事なことです。
これが今までなかなかできませんでした。
現実とは別の知識だけのことと思っていたのです。
そうではなく、まさしくこれは現実のことです。
実際の生活に役に立つことです。

「啓示」を受けたと感じるとき、それが幽体離脱であっても、夢であっても、水晶のように澄んだ認識が訪れる魔法の瞬間であっても、要するにふいに「思い出し」ただけなのだ。
自分がすでに創造していたものを思い出す。
その記憶が非常に鮮やかなことがある。
「神の顕現」だと感じることさえある。

そうした至高の経験をすると、「実生活」に戻り、「現実」と呼ぶものと交じりあうのがとてもむずかしくなる。
それは、あなたの現実が移行し、べつのものになっているからだ。
拡大し、成長しているからなのだよ。
そして、二度ともとのように収縮することはできない。
瓶のなかに魔法使いを押し戻そうとしているのと同じで、不可能なのだ。

それで幽体離脱の経験をしたひと、「臨死」体験をしたひとは、別人のようにみえるんでしょうか?

そのとおり。
別人になるのは、彼らがたくさんのことを知ってしまったからだ。
だが、体験から遠ざかり、時間がたてばたつほど、もとのふるまいに戻ってしまう。
知ったことを、また忘れてしまうからだ。

「思い出しつづける」方法はあるんですか?

あるよ。
あらゆる瞬間に知識を行動に表すことだ。
自分の知っていることにことに従って行動し、幻想の世界が見せるものに惑わされないことだ。
その幻想が、どれほどほんものらしく見えようとも。
これが、すべての大いなる師「マスター」がしてきたこと、していることだ。
彼らは見せかけでは判断せず、自分の知識にしたがって行動する。
思い出す方法はもうひとつある。
ひとに思い出させることだ。
自分に望むのとを、ひとにしてやることだ。

Posted: 土 - 11月 13, 2004 at 02:02 PM      


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