創造シリーズはまだまだ続きます


またまた出てきます。
何が飛び出すやら。

非常にとくべつな被造物だけが表現できる神の神性、それが創造者であるということだ。
わたしはあなたがたの神話の神でも女神でもない。
わたしは創造者、創造するものだ。

だが、わたしは自分自身の経験のなかで自分を知ることを選んだ。
ひとひらの雪で自分のデザインの完璧さを知るように、一輪のバラで自分の息をのむ美しさを知るように、わたしは自分の創造の力をあなたがたを通して知る。

わたしはあなたがたに意識的に自分の経験を創造する能力、わたしがもつ能力を与えた。
あなたがたを通して、わたしは自分のすべての側面を知る。
雪の結晶ひとつひとつの完璧さ、バラの息をのむ美しさ、ライオンの勇気、ワシの威厳、すべてはあなたがたのなかにある。
あなたがたのなかに、わたしはすべてを置いた。

さらにもうひとつ、それに気づく意識を授けた。
こうして、あなたがたは自意識をもつようになった。
こうして、あなたがたは最高の贈り物を与えられ、自分が自分であることを知った。
それこそがわたしだ。わたしはわたしであり、わたし自身を知っている。

わたしとして存在するもの、それがわたしである、という言葉が意味するのは、そういうことだ。
あなたがたはわたしの一部、意識して経験する一部である。
あなたがたの経験(そして、あなたがたを通じたわたしの経験)、それがわたしを創造している。
わたしはつねに自分自身を創造しつづけている。

それは。神は一定ではないということですか?
あなたは、つぎの瞬間に自分が何になるかを知らないということなんですか?

どうしてわかる?
あなたがまだ決めていないのに!

すると、こういうことですか。
何もかも、わたしが決めているってわけですか?

そうだ、あなたは、存在することを選んだわたし自身だ。
あなたはわたしで、わたしがどんな存在であるかを選択する。
何かを選択する。
あなたがたは集団的に創造を行っている。
ひとりひとりが自分が何者であるかを決め、それを経験する。
さらに集団的にそれを行う。
共同で創造行為を行う集団的存在、それがあなたがただから。
わたしは、あなたがたおおぜいの集団的経験なのだよ!

そして、ほんとうに、つぎの瞬間に何になるかをご存じないのですか?

さっきのは冗談さ。
もちろん、知っているよ。
あなたの決定はもう知っているから、わたしがいま何者であるか、かつて何者であったか、つぎに何者になるかを知っている。
あなたがつぎの瞬間に何を選択するか、何をするか、何をもつか、人類全体が何を選択するのかもわかる。
どれも簡単だよ。
すでに選択は行われている。
これら何になるか、何をするか、何をもつか、すべてすんだことだ。
そして、たったいま起っていることだ!
わかるかな?
時などというものはないのだ。

それもまた、前に話し合いましたね。

ここで復習してもいいだろう。
過去、現在、未来というのは、あなたがたが造りあげた概念、発明した現実だ。
現在の経験にどう枠をはめるか、その文脈を創造するためだった。
そうしないと、あなたがたの(われわれの)経験はすべて、重なり合ってしまう。
実際は重なり合っているのだ。
つまり、同じ「時」に起っている。
ただ、あなたが知らないだけでね。
「トータルな現実」を閉め出すために、あなたがたは視点という空に閉じこもった。

これから言うことの背景を知るためには、二冊目の対話を読み返してもらうほうがいいかもしれない。
ここで言いたいのは、すべては一瞬のうちに起っているということだ。
何もかもだよ。
だから、自分が「何者になろうとして」いるのか、「何者であった」かを、わたしは知っている。
つねに(always) 知っている。
つまり、あらゆる方法(all ways)を知っている。
だから、わたしを驚かせる方法などはないのだよ。

あなたがたの物語、この世のすべてのドラマは、経験のなかで自分を知るために創造された。
また、自分が何者であるかを忘れることを目的としている。
そうすれば、自分が何者であるかをもう一度思い出し、創造できるから。

なぜなら、自分が何者であるかをすでに経験しているとしたら、自分を創造することはできないから、ですよね。
すでに180センチだったら、180センチに「なる」ことはできないから。
そのためには180センチ未満でなければならない。
少なくとも、自分でそう思っていなければならない。

そのとおり。
よくわかっているじゃないか。
すべてはすでに創造されているから、創造のすべてを忘れるよりほかなかったのだ。

Posted: 火 - 11月 9, 2004 at 09:48 PM      


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