死んだらただ見るだけで、もうこの物質世界の体験ができなくなる

次元上昇が始まってきている

意識が思考を通して現実化しています。

意識が思考のイメージを物質化しているのです。

それで今こうしてこの物質世界を体験できているのです。

でも死んで思考がなくなると、物理的現実を創り出せなくなるので体験できなくなります。

後はもうただ見るしかありません。

そうなったら多分寂しく思うようになります。

ご飯を食べて美味しく感じるということがなくなります。

熱いコーヒーが飲める、アーモンドチョコを噛んだ時のカリッという食感も感じられなくなります。

熱い風呂に入って気持ちがいい、柔らかい毛布の感触などキリがありません。

それが全てがもう感じられなくなるのです。

今は当たり前で何もありがたみがありませんが、考えてみればとんでもなく素晴らしいことです。

そんな体験を今出来ているのです。

でもその代わり大変な思いすることになります。

体が痛かったり、日常のやらなければいけないことも面倒くさいです。

また思考によって精神的な辛さも感じてしまいます。

これらはトレードオフになります。

割り切ってやっていくしかありません。

ともかく今生きている限り付き合っていくことになります。

そんな体験は今しか出来ないのです。

せっかくこういう機会が得られているのですら、ちゃんと向き合っていきます。

そうしていいことに意識を向けていきます。

死んでただ見ているだけというのは、まさに夢を見ているようなものです。

寝ていて夢を見ている時は、それがリアルに感じられます。

ひょっとすると死んでもリアルに感じられるのかもしれません。

考えてみれば生きていてこの物質世界で体験している時も、夢を見ているのと同じようなものです。

死んだらその体験も出来なくなります。

物質的か非物質的かの違いだけです。

夢は目が覚めば、パッと何もなくなります。

この現実も死ねば、パッと何もなくなります。

同じようなものだと言えます。

でもその濃いさが違います。

そこがリアルかそうでないかの違いになっているのかもしれません。

慣れれば薄くてもそんなに思わないのでしょうが、死んですぐははっきりその違いを感じられるでしょう。

どちらも意識が見ている夢なのです。

ただ死んだ時の夢は覚めることがありません。

輪廻転生の話がありますが、生まれ変わったら全てを忘れているので、それは今回は考えないことにします。

ということはずっとそのままになります。

そんなことを考えていると、このリアルな現実、夢、死んでからのことがシームレスに繋がってきました。

どれも意識が見ている夢です。

全てが同じようなもので、どちらがいい悪いというのはないのです。

ただその濃さが違っているだけです。

それでこのリアルな現実だけが特別なことだと思わなくなります。

このリアルな現実を頑張って生きようとしてきましたが、ちょっと体の力が抜けました。

死んだら終わるというものではありません。

先は長いのですら、何も今どうしてもジタバタすることもないのです。

(20260219)死んだらただ見るだけで、もうこの物質世界の体験ができなくなる

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