落ち着いた日常が何事にも替え難い気がする
思考の喜びから魂の喜びのフェーズへ
今朝は奥さんのご機嫌が悪くありません。
そうして日常の家事をのんびりとこなしていきました。
そんな落ち着いた日常が何事にも替え難い気がします。
何か派手な特別なことをやっているといいような気がします。
それは思考が喜んでいるだけです。
それをやってもいいですが、そればかり追い求めていくのはどうかと思います。
日常のちょっとした気持ちいいことにセンシティブになれています。
意識が内側に向いている証拠です。
そうしてそれをただ感じていればいいのです。
内側がどうなっているか最重要です。
外側はその次でオマケのようなものだと思っていればいいです。
今日が内側と外側を意識する割合が、逆転する歴史的な転換点だと思います。
このことは理屈では分かっているつもりでいましたが、そう簡単にその意識が変わるものではないことを実感しています。
この感覚は自分の内側で体験するしかありません。
それはスピリチャルの知識ではありません。
それは内側に気持ちよさの感覚とそうでない状態が逆転する転換点でもあります。
これからは気持ちよさの方が多くなってきます。
それで生きやすくなります。
と言ってももちろんずっとそういられるわではありません。
気持ちよくないことの割合が多いこともあります。
それでもまた気持ちい状態に戻ってこられます。
今までスピリチャルをやってきたことがやっと報われました。
本当に長い道のりでした。
普通の人がスピリチャルをやっていくのは本当に大変だと思いました。
それでもやるべき価値があります。
意識が変わったこれからどうなるか楽しみです。
もう物質的思考を超えてくるのでどうなるか分かりません。
(20260528)落ち着いた日常が何事にも替え難い気がする