この物理的現実は意識の見ている夢

次元上昇が始まってきている

今までこの現実は絶対だと思っていました。

それがみんな共通のベースになっていて、そこで色々やっていると思っていました。

どうもそうではないようなのです。

この物理的現実は、自分の意識が思考を通して創り出した一時的なものです。

死んで思考がなくなれば、自分が見ていたこの現実も消えてしまいます。

目の前の現実は絶対的なものではなかったのです。

それも見えている現実は人それぞれ違います。

同じ家族でも見えている現実は違います。

同じ家の中に居ながら別々の世界に住んでいるのです。

共通のベースはありますが、創り出している現実は違うのです。

分かりにくければ家に犬がいれば、その犬の見ている現実が自分とは違うことは明らかです。

それと同じです。

つまり死ねばこの目の前の現実は無くなるのですから、夢のようなものです。

そんな儚いものなのです。

ですからスピリチャルでは現実は夢と言われているのです。

でもその現実という夢の中に居るうちはリアルです。

ケガすれば痛いです。

そのつもりでやらなければ大変な思いをしてしまいます。

人間の見ている本当の夢は物理的な世界ではなく、非物質的なアストラル世界です。

物質的ではないので、どうにでもなります。

ここでは何でもやれるのです。

でもどちらも一時的なものです。

ずっとあるものではないので、そんなに深刻なることはないのです。

もっと気楽にしいていいです。

難しくしているのはただの思考です。

現実ではありません。

思考が難しく考えているので、現実もそうなっていくのです。

ですから思考さえ変えれば、現実はやりやすくなります。

思考は自分の中のものですから、やろうと思えばやれます。

今から変えられます。

もっと言えばこの現実の夢は生まれる前に、自分でストーリーを決めてきています。

途中の大きなイベントも、もちろん結末も。

それはどんなに生きていても必ずそうなっていきます。

それはもうプログラムされているので、その通り動いていくのです。

ある意味心配することはありません。

それに任せておくのです。

ですから映画館の椅子に座って見ているように、気楽にしていればいいのです。

どうなっていくのか、どう終わるのか楽しみに見ていけばいいのです。

自分は気が小さいので、心配しないでいいようにハッピーエンドにしているはずです。

思考を使わなくてもそうなっていくのです。

むしろ思考を使うとすんなりいかないので、使わないのがいいのです。

邪魔をしないようにしていきます。

クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」という夢の映画で、「人は寝ている間は夢を現実だと思っている」これが本質だと思います。

それは本当の自分である意識が思考に乗っ取られて寝ている間は、夢が現実になるのです。

そして「どうせ夢ならハデにやろう」です。

(20260109)この物理的現実は意識の見ている夢

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