今回の四十九日は自分の心の整理をつけるいい機会になった

今ここが地上の天国になる

昨日は母の四十九日でした。

そこで自分が気持ちのいいようにコントロールしていこうと思いました。

やらされるのではなく、自分が主導権を取っていくのです。

まずはそうのように行動していきます。

そしてそれを楽しむ感情を選択していきます。

そこで淡々としていれば自分の好きなように選んでいけます。

四十九日の前日がすごい雨だったので、当日は雨が上がるかと思っていましたが、ずっと雨模様でした。

それでお寺さんと相談して、お墓の納骨は次の日に私とお寺さんだけでしようと考えていました。

それがお経が終わって、さあこれから納骨という時になったら雨が上がりました。

それでみんな揃ってお墓で納骨が出来ました。

今回最後の最後までどうなるか分からなかった判断の迷うショーの仕上げになりました。

でもそれを乗り越えた自信が出来ました。

思考をよく観察して、内側を整えていく。

自分で何とかしようとして思考過多になり過ぎず、現実に起きるままにしていく。

そうして自分が行動したり感情を選択していくと、そういう世界を体験できました。

ともかく無事四十九日を終えることができてよかったです。

でもやはり現実はいろいろとあるものです。

覚醒していない今は、そこでちゃんと考え、思考と折り合いをつけていかなければいけませんでした。

今回四十九日をやってみて、死者との別れを告げるいい機会だと思しました。

葬式があってまずお別れがありますが、急なことでやはりまだ心の整理がつきません。

それが四十九日ぐらい経つと、だんだんと落ち着いてきます。

その時点で四十九日は、はっきりとした区切りをつけるちょうどいいタイミングだと思いました。

実際今はスッキリした感があります。

個人的には仏教の儀式は必要のないものだと思っていたましが、これもあればいいと思いました。

もちろんスピリチャル的には意味はないのは分かっています。

でもやはり私はまだ古い考えが残っているのでしょう。

そんな思ってもみなかったいい経験になりました。

これで心置きなく次に向かっていけます。

四十九日は故人のこともありますが、何と言っても自分の気持ちの問題です。

今回の四十九日は単なる宗教の儀式というのでなく、心の整理をつけて前に向くために自分に必要なものだったんです。

(20261012)四十九日は自分の心の整理をつけるいい機会になった