母の死の恐怖を客観的に考えられた
これからが本来の姿
母の具合がかなりよくないです。
かかりつけの先生の話を聞くと、死もそんなに先のことではありません。
ついにここまできたかと思います。
母の死の恐怖は前から時々起きていました。
これからはまさにリアルな感じです。
怖いと思いますが、そのことについて考えてみました。
朝ウォーキングの時にいつものおっさんに出会うのではないかとちょっとした恐怖のような感情が起きてきます。
それはだいぶん前から変わらずずっとです。
もちろん大したことではありませんが、自分の内側ではけっこう気になっています。
よく考えてみたら母の死の恐怖もそんなに変わらないのではないかと思いました。
もちろん何かあればあと大変なことになるのは間違いありませんが、恐怖の感覚としては同じような感じです。
本当に何かあったのではないのに、根拠なくふと湧いてくるものです。
まさにただの思考です。
ただのマイナスのエネルギーです。
何の実在もありません。
ですからその時何かやらなければいけないことはなく、ただ受け流していけばいいだけです。
それについて真剣に考えることはありません。
そこをよく分かっておくことです。
本当に怖かったことはだいぶん前にありました。
それはこのブログにも書いたことがあって今回は内容は省略しますが、その時は段違いに怖かったです。
今までで神様にお願いしたのは、それを行動に移すとき、この1回だけです。
それを思うと、その他ものはただ思考が言っているだけだと思えます。
受け流してやれば何とかなります。
そう思うと母の死の恐怖もちょっと気が楽になりました。
これからも母の死の恐怖はどうしても起きてきます。
その時スルーするなりやっていけばいいだけです。
今やることはそのことを考えず、ただ気楽でいて現実に起きてくることを楽しんでいくことです。
それがやれていれば魂のテーマがやれていることになります。
ですからそれから逃げないでうまく対応していきます。
それがこの生でやりたかったことです。
(20260809)母の死の恐怖を客観的に考えられた