自分は尊い存在
本当の自分になる旅が始まる
今日微かですが、自分は尊い存在だと、初めて思いました。
スピリチャルではそう言われていますが、全く実感はありませんでした。
スピリチャルのただの知識として知っているのと、実際自分がそう思えているというのは大違いです。
昨日スーパーで買い物をしている間、そこにいる人を判断しまくっている自分がいることに気付きました。
その人が本当はどんな人なのか、私に分かるはずがありません。
それなのに勝手にいい悪いを決めていました。
まさに昨日言っていた、何事もいい悪いを判断しないがやれていません。
スーパーには毎週買い物に行っていて、確かにいつもそうしていました。
でも今回はそうしている自分を客観的に見れました。
目の前に展開されている風景に、意味付けしているのは自分です。
自分がいなければ、ただの風景です。
目の前に展開される現実は、自分から見れば、ただの風景なのです。
ですから自分がこの世界のことを決めているということです。
周りが問題ではなく、自分がどうなのかが問題なのです。
自分というものがいかに大事なことかと思います。
自分はそんな現実を決めていくことの出来るすごい存在です。
それは自分が尊い存在であるということです。
スーパーの買い物から、そんなことを思いました。
そんな尊い存在である自分が、自分の世界を決めていくのです。
どんなふうにしていくかは自分次第です。
周りの人に左右されるということも選択できます。
でもそこで自分軸が立っていれば、それらに影響されることなく、自分のいいように決めていけます。
でもそれが分かっていてもなかなか思うようにやれません。
心が安定していないと、実際は難しいところはあります。
それが一番やりやすいのは、リラックスしている時だと思います。
リラックスして、気持ちがフラットでいれていたら、どちらでも動けます。
プラスのエネルギー状態がいいように思えますが、でも一方に引っ張られるので、フラットの状態の方が自由に動けます。
またリラックしている時が、波動が高くエネルギーも強いのです。
この頃生活全般において、リラックスしている状態が増えてきた気がします。
普段から気持ちいいことを意識しているからだと思います。
一日中リラックスしていれば、こんな素晴らしいことはありません。
難しいことですが、今までのように気持ちいいことを意識していたらそこそこやれます。
そうしていれば人間関係もリラックスできる人ばかりになってくるでしょう。
そうしていれば、ますます自分軸が立ってきます。
自分が世界の中心になっていきます。
これが目覚めへ向かっているということだと思います。
(20241215)自分は尊い存在