思った介護施設に入るために、あのタイミングで母がコケた
これからが本来の姿
昨日ふとこんなことを思いました。
思った介護施設に入るために、あのタイミングで母がコケたというものです。
これはまさにスピリチャル的考え方で、古い考え方では全く理解できません。
それは今までの経緯のことを考えるとあり得ない話ではない気がします。
まさに推理小説でいう伏線を回収しました。
凄すぎる話です。
ことの始まりは自宅介護をしている時に、家で母がコケたことです。
その時のことはこのブログでも書きましたが奇妙なことがありました。
私は母がコケるという場面に遭遇するために、山に登ってたところから、そこに呼び寄せられました。
母がコケるのを目の前で見たことで自宅介護を諦め、入院させる決断をしました。
入院はしましたが病状が落ち着いたらそこではずっといられなく、病院のソーシャルワーカーの指導のもと次の介護施設を探すことになりました。
そうして早めに動いたことで病院付属の介護施設に、そのタイミングでたまたま空きが出て入れることになりました。
そこだったら何かあれば病院のかかりつけの先生が診てくれ、その施設の介護士さんが今まで自宅介護を補助してくれていたので、母のことをよく分かっています。
母もかかりつけの先生がいてくれることで安心できます。
これ以上の介護施設があるでしょうか。
そこでこの前母が家でコケたことに繋がりました。
そう思えた時ちょっとゾクッとしました。
その全てのタイミングが絶妙で、このタイミングでないと思った介護施設には入れなかったかもしれません。
思考はそんなことは分からずに、目の前のことをにジタバタしていました。
最初からそうなるようになっていたのです。
それを生まれる前に設定してきたのだと思います。
そう思うと思考でジタバタするのをやめます。
目の前の心地いいことやっていきます。
そうして心地いい思いが現実化するのを楽しんでいきます。
(20260720)思った介護施設に入るために、あのタイミングで母がコケた