母親が亡くなったら自由になるのではない、今すでに自由なのだ

思考の喜びから魂の喜びのフェーズへ

今まで不自由という壁を自分で作り出していただけです。

もともと壁などなかった気付ければ、今すでに自由だと分かります。

そういうことを知るために今こんな体験をしています。

それにはただ心地いいと思うことをやっていればいいのです。

そうすれば現実もそうなっていきます。

それで今自由だったと気付けます。

本来今この瞬間に全くの自由です。

自由になるにはそれに気付くだけです。

母親が亡くなったら自由になるのではなく、今すでに自由なのです。

自由だと言っても物質的に何でもやれるわけではありません。

急にお金持ちになるわけでもありません。

何も縛られるものがなく自由に動けるというだけです。

精神的に自由だということであって、そこは勘違いしないようにしなければいけません。

自由に動けますが、いざ動こうとすると思考が体を守ろうとして邪魔しにきます。

それを超えていかないと自由な体験ができないのがけっこう厄介です。

特に今母のことで、自分は大して動いていないですが、みんなが心地よくいれるように調整するコーディネーターの役割をやっている気がします。

みんなが心地よくいれることで自分もそうなれます。

それが思うように動けている気がします。

これぞまさに魂のテーマというのに相応しい内容だと思います。

自分ででも納得で、やれている感があります。

そうやって自由になっていきます。

考えてみると宇宙は面白過ぎます。

そんなことを私は知りたかったのです。

今世はただ物質的な成功をするために来たのではありませんでした。

(20260707)母親が亡くなったら自由になるのではない、今すでに自由なのだ

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