「行動する」ことが量子物理学でいう「観測する」ことになる
思考の喜びから魂の喜びのフェーズへ
科学は世界を物質的側面からだいぶん理解出来てきました。
それは素晴らしいことで、それですごく便利になっています。
でもどうしても分からない謎があります。
時間についてもそのひとつです。
この動画でも物質的側面からしか考えられていないので、いつまで経ってもモヤモヤして完全には理解出来ません。
私も前にはそれを分かろうといろいろ本を読んだりしていました。
でもどんなに勉強しても意識のことが理解出来ないと無駄だとわかったので、今はもう考えていません。
ただこのような動画には引かれます。
完全には理解出来ないのは分かっていますが、少しでも理解が進めば気持ちいいものです。
過去も未来もすでに存在していますが、見えているのは意識が焦点を当てている今だけです。
それは今しか存在しないとも言えます。
そうしか原理上やれないのです。
ただ人間は思考を持っているので、過去や未来のことを考えられます。
それらがまるで今にあるように思ってしまいます。
でも意識上は過去や未来はなく、直接作用できないのです。
そして意識と同じ周波数のものだけが見えます。
違う周波数のものは見えません。
違う周波数のものは通り抜けてしまいます。
同じ周波数のものは相互作用して、そこにあることが分かります。
同じ周波数のものは見えるということです。
ですから目の前に見えている現実は、今の自分の周波数と同じものだということです。
ただそれは思っているだけでは存在しません。
量子物理学でいう「観測」しては初めて物質になります。
「観測」しなければ存在しないのと同じです。
昨日そんなことを考えているとふと「行動する」イコール「観測する」だと思いました。
行動しないと現実になりません。
それは一般的認識と一致します。
「行動する」ことは怖いと感じます。
それで「行動しない」と現実もありません。
「行動する」ことがいかに大事かが分かります。
心地いいと思うことを行動していきます。
行動していくことが必要です。
怖いと感じても乗り越えていきます。
それで初めて心地いい世界が現れます。
心地いい体験ができます。
行動しないと何もないもないのと同じです。
思いだけでは何も残りません。
行動してナンボです。
怖いと感じますが行動していきます。
心地いいと感じているものはもう存在しています。
それを感知したら、あとは行動していく。
それで完結するのです。
(20260702)「行動する」ことが量子物理学でいう「観測する」ことになる